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  • 02/25/18:03

06.02.19:10

30年前、初めての海外


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1983年 
この頃、変電所、送電線建設プラント会社に就職していた。こんなことを言っては、会社に申し訳ないが、海外プラント行ってみたくて、この会社を選んだ。そこでは海外事業部に所属し、プラント図面を書いたり、テレックスで海外事務所との連絡などをしていた。プラントが完成する前に、図面と現場とのチェックがあるので、その最終チェックで、半年間ほどサウジアラビアのリビア近郊に滞在したが、図面と全く違う工事に、、結局作
業員になってしまった。。この頃、あまりカメラに興味がなくて、殆ど写真が無い。。今思えば残念です。とはいっても、仕事ですからしょうがないですけどね。写真は、かなり汚れているので、ケーブル配線取り回し作業の後でしょうね〜

この初めての海外ネタは、てんこ盛り状態です。なにせ、海外へ行ったことのない二人旅です。。ま、リヤドまでですけど。

サウジアラビアの首都リヤドに
つくまででも、一晩中話せます(笑) バンコク、ムンバイでのトランジット。。バーレーンでの乗り換え。。それは、海外旅行が始めての一つ年上の先輩と二人っきりだったせいもありますが、失敗と不安の連続でしたね〜 

当時はまだ、バンコクでは、女性が空港まで
迎えに来ていた時代。帰りのソウルは、KALの職員が女性を斡旋していた時代です。酷い時代とも言えますが、圧倒的な経済力が、日本にあった時代ですね。

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この頃には、既にアルコール依存症になっていた私にとって、厳格なイスラムの国においては、流石にアルコールを飲むことができず。。。ある意味。。物凄く健康的な半年を過ごしたのかもしれないですね。

当時、大きなプランとは商事会社が仕切っていて、私たちは三井物産グループ メイン企業は、XXX建設?(思い出せない)と、東芝でしたね。 電話も通じないのですが、三井物産が、海底ケーブル?の直通回線をもっていて、2ヶ月に一度ほど電話ができました。アルコールも密造酒ですが、たまに飲めましたが。。ただのエチルアルコールじゃないかな?(笑)

ネタは尽きないので、、気がむいたときに又、書きます。。。○┓ペコリ

 

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02.16.11:49

春節

今、中華圏の人々は、春節(旧正月)休みを満喫しているのでしょうね。

弊社のお付き合いをしているマレーシアの会社もチャイニーズでしたので、この時期はお休みです。

春節の説明は、簡単に引用しておきます。


清滅亡後に成立した中華民国では暦法に西洋諸国と同じグレゴリオ暦が採用され、1912年1月1日を民国元年1月1日とする暦法が採用された。その後の国共内戦を経て中華人民共和国が成立する直前の1949年9月27日、中国人民政治協商会議第一次全体会議において、新中国成立の際にはグレゴリオ暦を採用することが決定され、新暦の1月1日を元旦、旧暦の正月初一を春節とすることが決定され現在に至っている。

今月13日から、1週間程度の休みになるという。その間、27億人が、帰省や旅行で移動するという。。。

人民大移動ですな。。

富裕層が、増えた中国では当然のごとく、日本へ買い物、、旅行に、やってくる。

最近のニュースで、毎日のように取り上げられているので、知らない人はいない。。


s-IMGP3017.jpg京都には、ハフスブルグ展を見に来たのだが、

訳け合って、清水寺に、10年ぶり?に行った。。

春節は、大原では感じなかったが、、

ここ、清水などの観光スポットへは、

この時期を避ける事をお勧めします。


GWに、外人さんがハワイに行っちゃった?

みたいな感じかな?(笑)

オーノー ハワイニ ニホンジン イッパイネ~





清水坂~清水寺 一帯は、80%が中華圏の人だったと思います。 日本語聞いたらホッとしましたから(笑)

台湾かどこかの、寺院へ来たのかと思うほどでした。
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まだまだ、団体さんなので、

二年坂など、脇道にに入ると、
かなり減ります。

ちょっと静かになると、今度は
ハングルだ。。ん~

おかき屋おいしそう。

湯葉団子。。おいしそ~


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へ~ こんな処に

イノダコーヒー、、

ちょっと、一服。

あ~おいしい。。






しかし、世界第2位の経済大国は、風前の灯火。 アメリカも、中国に抜かれることは確実。

中国に対する不安や恐怖のような漠然とした感覚が、実際にこれだけの人が押し寄せ囲まれると、実感が湧く。

白人による有色人種差別、だけでなく、日本人による韓国人や、中国人差別は当然あったと思う。

それは、どの人種、民族が優れているかではなく、その時代の経済力などを反映していると思う。

その昔、日本は、いんしゅうしんかんずいとうそうげんみんしん?、、時代は戦々恐々であったはず。
現在、漢民族が他民族を差別するように、イギリス人やスペイン人が争って植民地を作っていった時代と何も変わらない気がする。

日本が経済大国になり始めた頃、きっと西洋人は不安に思ったはずです。

だけど、その10倍の民と1党独裁を考慮すれば、1000倍の不安が世界を席巻し始めている。

日本の経済は、今や中国次第。。もうすぐ、「中国がくしゃみをすると、日本は風邪をひく」

いや、風邪じゃ済まないかも。。。

を、実感した清水寺でした。。。。ハハ




02.15.15:51

京都 大原 三千院

幸せを呼ぶ 初午大根焚き (はつうまだいきんだき) 

週末に、京都 大原 三千院へ行って来ました。

昨年、TVニュースで見たので、この時期に行って来ました。
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法要内容
三千院では、ご参拝の皆様に幸先のよい年をおくっていただければと祈念し、毎年二月の初午にあわせ「幸せを呼ぶ大根焚き」を奥の院金色不動堂前広場において盛大に行われます。

大根は大原の畑で有機農法で栽培されたものです。大原の里人たちが真心を込めて育てられたこの純白の大根は何色にも染めやすく、味付けも沁みやすいことで有名です。厳冬の大原の里で、特別祈祷のあつあつの大根を味わっていただき、お参りの皆さん共々、無病息災、開運招福をお祈りするものです。

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夕方4時半までということで、

4時前後だったのですが、それでも

会場には、200人近くの方が

大根を食べていました。

参拝料のみで、食べれることが

出来るため、朝8時半の開始から、

いったい何人の人が食べたのでしょうね~

焚き方も、豪快!

大根オンリーなのに、

美味しい。。寒いので、美味しさ倍増!



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どんぶりに、直径10センチ以上、厚み5センチ以上の大根は、歯ごたえがあり、

一つで、充分お腹がふくれます。ゆっくり食べると、かなり時間がかかります。


三千院といえば、これですよね。

デュークエイセス 女ひとり。。。。

01.19.11:28

住吉大社

県外への初詣は、1月の、第1週2週あたりのお休みに行くことが多い。
もちろん、適度に空いていて、適度に新年の臭いがするからです。
初詣の、人ごみが苦手で息苦しくなってしまうのは私だけではないはずですよね。。。。
 
どこへ行こうか考えて、結局、京都へ行く。事が多いのですが、今年は息子が大阪に居るので、大阪へ行くことにしました。で、やはり大阪といえば住吉大社ですね。大阪に居た25年前に一度だけ行ったことがある。が、やはり正月だったので、、人ごみしか覚えていません。
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もちろん、住吉大社は住吉区にあるのですが、大阪市最南端。。
大阪時代はキタで生活していたので、ミナミは少なからず怖いイメージがある。天王寺より南に位置する、阿倍野、西成、住吉は、こてこての大阪の代表です。阪神高速 玉出で降りて、路面電車通りに入る。大都会大阪の顔は、一瞬にて地方都市に変わる。 えらい変わりようですわ~
細い路地に入ると、、まんま「じゃりん子チエ」の世界。 
 
住吉大神辺りは、昔は海だったこともあり、航海安全の神として祀られましたが、他にも国家鎮護の神としても信仰されています。といいますのも、我が国は四面を海に囲まれています。海の神である住吉大神の加護によって国家の安泰を得られるわけで、国家鎮護の神ともされたのです。らしいです。

結婚式もしてました。
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初詣に行くと必ず買ってしまうものに、破魔矢があります。私はこれだけを買って帰りましたが、この住吉大社にはお守りの種類が多い。。
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ここ住吉大社は、住吉人形の地元ですから、縁起物として多くの人形が売られています。明和年間(1764~71)に、北尾安兵衛という人が京都の深草で伏見人形の製法を習得し、住吉で屋号「京安」として土人形の制作を始めたのが、住吉人形の始まりとされています。
 
多くの人形の中でも、どうしても気になってしまう人形。「裸雛」
 
住吉大社で売られる夫婦和合の縁起物。男雛は素っ裸で笏を、女雛は扇を手にしている。住吉大社には他にも性に関した縁起物が多く、睦み犬と呼ばれる交尾をした犬の人形は夫婦和合、安産、腰痛や疝気のまじないとされている。
大阪らしいって言っちゃ駄目なのでしょうね(笑)
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最近は、初詣をしない若者が多いらしい。「ゆく年くる年」の視聴率も落ちているせいでしょうかね。
商売繁盛、家内安全、合格祈願、交通安全、、、願いが叶うとよいのですが。。

11.21.15:18

日本三景

これで、日本三景をすべて見ることが出来ました。。。

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松島。。。三景の中で一番美しいように感じました。 年齢によって感じ方が変わるのかな~

しかし遊覧船。。。何年ぶりだろう。

宮島に渡るときにも乗りましたね。。あれは、フェリーかな?

瀬戸大橋、、、ルミナス神戸だっけ、、あれは遊覧船って呼ぶのかな?

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かもめに、かっぱえびせん を食べさせるのですが、、これ、なかなか怖い。。

何羽も寄ってくると、、、ヒッチコックの「鳥」だ~  って、、、古い。。

それと、みなさん、新日本三景って知ってますか?
北海道の大沼 静岡県の三保の松原 そして大分県の耶馬溪

さて、生きているうちに、、制覇できるか。。。  耶馬溪なんて読むか分かります? ヤバケーです(笑)

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仙台と言えば、松島と並んで??? 有名な 伊達政宗   青葉城恋歌、、古い  1978年だって、、

ただ、青葉城の跡地に立っている、、神社が、不思議です。

ものすごーく 違和感を感じました。。。なに? なに? なぜって感じです。

そー 青葉城跡地に護国神社が建っているのです。。。

護国神社(ごこくじんじゃ)は、日本の各県に建立されている、その県出身の戦死者・自衛隊殉職者などを、日本国に殉じた英霊として祀る神社。

ようするに、日本のために、政府のために、の神社です。 以下 ウイキペディアから抜粋

なので、

戊辰戦争に敗戦して賊軍となった仙台藩関係者は祀られていない。当社が仙台城址にあるため、「戦国BASARA」ファンが政宗を祀る神社と勘違いして参拝するようになり、ゲームのキャラクター化された政宗らを描いた絵馬を奉納する例が目立つようになった。すなわち、伊達氏統治の否定の上にある当社が、伊達氏の遺産である仙台城址観光の上に成り立っている矛盾が露呈した形となっている。


伊達氏を否定している神社が、青葉城跡に建ち、青葉城観光の収益をも独占している。

知らない人が、政宗が祀られていると思っても仕方ないけど、、普通の人なら「違う!」と気づきます。

異様です。。おまけに、戦艦大和展、、なるものも、神社の奥でやっていた。。。

あまりの、不自然さに気分が悪くなった。。。仙台の人はどのように思っているのでしょうね。

護国神社や、靖国神社に、意見があるわけではございません。。あしからず。

東北シリーズ その4

11.13.08:54

会津若松

よりによって、なぜ東北なのか?
 
「ついで」ですね。「ついでによる」って、とても好きなニュアンスだし、好きな行動です。
今回は、法人会青年部会の全国大会なるものが、盛岡で開催されました。それに出席するために盛岡へ行った訳です。法人会の都合もあり、一人で行くこととなったので、、、それなら、、と、、、

どちらが、「ついで」だったのか?は疑問ですけどね。。。
 
旅費は法人会から全額いただきました。交通費で46000円程度。宿泊費は7000円だったかな?
 
通常なら、鯖江~(しらさぎ)~米原~(ひかり)~東京~(はやて)~盛岡 
朝5時57分に出て、11時59分に盛岡に到着します。6時間掛かりますね。片道23000円
 
今回は、妻と二人なので車で行きました。
木曜日、午前5時出発 北陸道~磐越道~東北道にて、平泉(中尊寺)のある一関まで。ETC4時~6時枠で、10000円、なんと、12時20分に中尊寺に到着してしまいました(笑) 7時間20分 さすがに新幹線には叶いません。 さらに盛岡まで1800円。
 
金曜日、盛岡~泉(仙台)3300円
土曜日、仙台宮城~会津若松 ETC 1000円、会津若松~鯖江 ETC 1000円
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(会津若松の象徴、鶴ヶ城、  再建なので中は資料館になっています。。。味気ないです。)
 
土曜日とはいっても、東北道、常磐道、北陸道に渋滞の心配はまったく無いです!!
当然、盛岡へ向かう時はガラガラです。
 
会津若松を2時に出て、7時には自宅に帰って来ました。。。スキスキです。
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(会津磐梯山、、、非常に美しい山です。日本百名山、、「あいづばんだいさんは~、、」と口ずさむ年代は幾つから上ですかね(笑) )
 
 
3日間の走行距離 1750km 使用ガソリン 145リッター ガソリン代 18000円
 
高速代金と合わせて、35000円  電車で46000円、二人で電車で行ったと考えると92000円
差額は、57000円は大きいですね。宿泊代が浮きます。
 
二人で行っても、頂いた旅費が1万円余った。。。返せっては言わないよね。。
ま、それ以上に、、飲んでしまったけどね。。。(笑)
 
JRが、高速料金を安くすることで赤字が膨らむから反対する理由は理解できる。おまけに、ガソリンの暫定税率廃止、エコカーの推進。。。JR赤字路線は危ないだろうな~ JALなんて、つぶしちゃえば良いのにね。

11.12.09:25

景観条例

日本の原風景は素晴らしいのに、日本人が作り上げてきた街は美しいとは、残念ながら言えない。
                                                               
私に美的感覚がそれほど無くても、ヨーロッパ諸国の景観に関する美意識とは比べるも無く無残な状態としか言えない。                                                        
                                                              
高度成長期以降、日本の建築は無秩序のまま進められ、ある時点で立ち止まってみたものの、もう、今更どうにもならない。。。という、景観については諦めてしまったように感じる。                    
                                                                   
景観や環境を求めるよりも、経済性が優先され、都市計画に違反しない限りどのような形態の建築物でも建てることができる国になった。
建築基準法に違反していなければ、なんでもOK、、         
自由な国ともいえるが、、、                                             

                                                             
特に、目を引くのは、郊外の大型量販店の看板、、、                                        
                                                              
ラブホテルの乱立地帯は、いまでも酷いものですが、それでも最近は外観を気にする建築に変わってきた。パチンコ店も、ネオン、チカチカから、センス良くまとめるパチンコ店が増えてきた。                     
このラブホテルとパチンコの美意識は、日本人らしいと言う人がいる。。。それがショックだ。。
            
                                                              
                                                              
量販店の困ることは、全国チェーンなので、まったく同じ風景が全国で見れてしまうこと。。         
                                                                             s-CIMG1271.jpg
                                  
                                  
                              
                                    
                                 
                                 
                                   
                                  
                                 
                                   
                                      
                                  
                                 
                              
                                 
                                                                
高速を降りて、青山、ヤマダ電機、イエローハット、、、、、おいおい、ここは武生インターか!!       
                                                                 
平成12年、鯖江市にも景観条例が出来た。。。その当時、なぜか?覚えている。。。              
審議会の委員?だったのかな?  違うな。。ま、いいですよね。                           
                                                        
ま、目的はや、条例の中身は、国の景観条例からそれなりに踏み込んだものだったのでしょうが、法律の委任に基づかない自主条例のため強制力がなく、建築確認の際に必ずしも従う必要がないので、、、強制力が無い。                                    

                                                       

これは、鯖江市だけが強力に推し進めても、同じ商圏の越前市が同じ考えで無いと意味が無い。ゴミ問題や、水問題、消防なども、広域組合などで対処するも、、苦しい。。          

                                                        

有料ゴミ袋、、、程度で足並みが揃わないのに、外観を見直すなんて不可能ですね。       

                                                        

会津若松と喜多方の会津盆地の商圏は約19万人、、丹南の商圏に似ている。。          

出店する量販店も、、、似てくるのかな~                                

                                                           

遠くから来た旅行客が、鯖江や武生のインターを降りて8号線を走る。。。幻滅でしょうね。。    

                                                          

東北シリーズ その2
                                              
                                                                                                                                               

11.11.15:56

11月11日

11月11日は、「いい夫婦」の日らしい。 (間違えました。。22日ですね、、ボケてます)

復活は、来年1月1日の予定だったが、少し気分が落ち着いてきたので、、、、

(いや、かなり前から、日常に戻っていたのだが、始めるきっかけが無かった。。。。)

で、壱つながりの本日を選んだ。  いい夫婦、、は、ともかく22年目の結婚記念日を記念して旅行に行った。

妻と、二人きりの宿泊旅行は、新婚旅行以来だ。。。子供に留守番をさせて出かけることが出来る年齢になったと言うことか。。。。考え深い。

で、今回の旅行は「東北」 そして、最初の話題は、ソースカツどん!!(笑)

料理でブログは書けないのだが、ちょっと笑えた町。。。。「会津若松」

インターチェンジを降りる。。。  「ソースカツ丼」のぼり旗が、、、、で、ウイキペディアには、

引用&抜粋

ソースカツ丼の起源については諸説ある。しかしながら「大正年間に東京は早稲田大学向かいの鶴巻町にあった洋食店『ヨーロッパ軒』(1913開店)の初代・高畠増太郎が、1913年に東京の料理発表会で披露し、1917頃には東京・早稲田の店で提供していた」というものが記録されている最古の情報となり、現時点では1913年の東京・早稲田のヨーロッパ軒(高畠増太郎)がカツ丼の最初とされる。、、、(省略)
高畠が興した東京(1917に横須賀に移転か?)のヨーロッパ軒は19239月の関東大震災により、出身地である福井県に戻り、ヨーロッパ軒を再開し、高畠が考案したカツ丼も提供された。このことで、福井県ではヨーロッパ軒を中心に、名物料理として広まったと推測される。暖簾分けや支店の開設をした同店グループを中心にカツ丼が広まった結果、現在でも福井県では「カツ丼」とは当たり前にソースカツ丼のこととされ、近代一般的な卵を使用した変形カツ丼は「卵カツ丼」「上カツ丼」と呼ばれている。
このほか、駒ヶ根市、前橋市、桐生市、福島県会津若松市などの各地で、地元の名物料理として親しまれている。特に駒ヶ根市はソースカツ丼の「元祖」の主張に熱心で、駒ヶ根市は町おこしの一環として「発祥の地」と宣伝しているためテレビ雑誌に駒ヶ根名物として取り上げられることも多い。その後、隣接する伊那市も「当方が元祖」と名乗り始めたため、一時両市の間で市長すらも加わり論戦が繰り広げられることとなった。福島県会津若松市は「ソースカツ丼に最初にキャベツを入れた町」として、店舗が伝統会津ソースカツ丼の会を結成し、町おこしをしている。
煮込みソースカツ丼   卵とじカツ丼を割り下ではなく、ウスターソースで作ったもので、ソースカツ丼との折衷形である。福島県会津若松市の「なかじま」が元祖と言われる。

長すぎますね(笑)
この説明だと、福井がソースカツ丼の本場と言うことですかね。。。私は、どうでもいいのですが。。
でも、ソースカツ丼に最初にキャベツを入れた。。。おもろい町です、ハハハ

で、説明の最後、会津若松の元祖「煮込みソースカツ丼」を食べてきた。
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見た感じは、茶色い卵とじカツ丼ですね。

個人的には、なかなか、、、イケマス。

煮込んであるので、肉はトロトロ。。。でも、想像の範囲内の美味さでした。。。。(笑)

こんなんだから、グルメレポートは駄目なんだよね。。。ハハ

ま、久しぶりのブログなのでお許し下さい。

東北シリーズ その1